人間ってそもそもユニークだけど、ハリーはそうあるべきと思ってあのままでいたのかな。

そして舞台は生物、1公演1公演ユニークだからあんなにハリー像が毎回違ってみえるのかな。

0426夜 Defiled

皆様が口々にすごいすごいと言っていたこの公演。

わたしはピンとこなかった。原因は明確で、今日が前列での初見だったから。ブライアンとハリーを交互に見なくてはいけなくて、全体を把握できなかったため、会話を聞いている相手の表情が追えなかったのだ。とてもとても残念だ……。

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そんな悲しみに暮れてばかりではこれからの観劇が楽しくなくなるので、その中でも記憶に残っていることを記しておく。

ハリーが青いカップを乱暴によけた瞬間の空気感。
(復活の意味を持つそのカップですら倒してしまうのだ……)ブライアンがハリーに拳銃を向けたときの絶望感を滲ませた顔。ブライアンから奪い取った拳銃の引き金に、決して指を入れなかったこと。そして、出てけよとブライアンに言ったときのハリーの表情や声色、すべて。

ハリーの目から狂気と悲しみと怒りと安堵と沢山の感情を知った。静かに狂気を表現するのもすっと目から色が消えていくのも、全てが印象的だった。

ほんと目ばかりみていたなぁ。目がね。すごくて。
ギリギリのところで生きてるような目。

あと、姉に電話するところの印象が変わった。決意して電話したんだろうなぁ。なのに、すっと手を離されていく。メリンダとの会話後もそうなんだけど、みんなすっと手を離していくのが辛くて。変わらずに生きているハリーと、変わっていくものたち。ハリーは真っ直ぐに自分の信念を曲げずに、曲げられずに生き続けていた。


そしてブライアンには出てけよ、と自ら手を離すんだ。それまで狂っていた目を、はっきりと潤ませながら。

アヴェマリアとか、考えだしたらきりがない。イタリアのこととか、宗教のこととか。

でもきっとDefiledで思い出す光景は、あのハリーの目なのかもしれない。静と動、そしてあのじめっとした空気感。それでいいのかな、分からないけれど。

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昔『虹とマーブル』を観に行ったとき、小出くんの目がだんだんと死んでいく、色が消える、というの姿が未だに忘れられないし、あれでこの人すごいわって思えたので、戸塚くんのことも後々あれすごかったなーーって記憶に残りそうで嬉しい!ちなみにこの作品で小出くんも最後打たれて死ぬ!

それはそれは神聖な

初日観劇してきました。

原作ノータッチだったので、とにかく話を理解するために、インプットスイッチフルだったのでひさびさに疲弊。でもそれはそれで楽しかった。

ちょうど直前に映画『はじまりへの旅』を観ていたため、《普通とはなにか》について思い巡らせてしまっていたのがまずかった。全く処理ができない!困った!

先述の映画とDefiledを考える上で類似している点は、ある一人の人物の信念に基づく行動は果たして正しいのか、正義であるのかというところだ。

主人公の考えは映画では半分認められ、Defiledでは否定される。否定されるというか、理解されなかったというか。なにより映画では賛同する家族という存在があるが、戸塚演じるハリーには味方がいない。だからこそカード目録を守ることでしか自分を認められなかったのだろうか。

途中で勝村演じるブライアンが、未婚である君にとって目録を守ることが全てかもしれないが、家族ができることでその中で起こることが全てになる、そんなこと考えられない、といったことを言っていた(はず。細かい点は曖昧だが。)
ではハリーに守る相手がいたら?同じことを考えたか?家庭のために仕事を続けるために考えを変えただろうか?
神聖なものを汚された、それはどんな環境にいたところで考えは変わらないのだろうか。

……舞台を観ながらざっと思ったことだけ挙げてもこのように疑問だらけだ。

映画では子供のためと思ってやっていたことが、その子供たちの命を脅かしてしまうという体験によって考えを捨てようとする。
しかしそれは亡くなってしまった妻、つまり子供の母親との約束でもあった。そして、それを理解しようと歩み寄ってくれたのは、その考えをある意味押し付けていた子供たちだったのである。

ではハリーは?ハリーを理解することは誰かにできたのだろうか。姉に電話したり、ブライアンからの電話を待ったり、誰かと繋がりたいという欲求は感じられたのだが、どうしたらよかったのか、だけが本当にわからない。

台詞の中でちょっとユニークってなんだとか狂ってるとか出てくる度に、映画のことがちらついて少しだけ集中力が切れたので、次回は最後まで向き合うことを目標にしよう。

そもそも宗教やら地域性やら、23階の笑いでも深く理解できなかった部分がまたネックになってる。うーん、そろそろ勉強しなくては。

とりあえず映画の方で気になるところがあったので、家にある哲学関係の本を読みます。


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毎度だけど舞台については完全には理解はできないからなぁ、自分の知識や引き出しのなさ、頭の回転の悪さが主な原因です。自覚してますはい。まぁでも特に熱海のときも思ったんだけど、罪を犯す人と犯さない人、、ってね。~~という人物がいたそうな。というところから自分なりの落としどころを見つけられたらいいな。
……よく考えれば熱海ぽいっちゃ熱海ぽいような。私のなかでね。


戸塚くんは頬がこけていたから千秋楽終わったらたくさんお肉食べてね……。初日はとにかく台詞と動きを間違えずにやるぞ!って意識だけはひしひし感じたよ。怪我なく最後まで駆け抜けられますように。

たられば

ふとしたときにたられば思い出してしまって、もう1ヶ月経つのにまだ絶望できる。

新しく楽しいことを見つけたいなー。こうパァっと笑えること。

少しずつ遠くなっていけばいい。いますぐゼロにするんじゃなくて。

次は誰だ

先日からさぁて次はどうするかなって考えてるのですが。

君のために遠征するってなるまでには、個人的にはかなりの想いが必要で。

それを基準として考えると、ふぉ~ゆ~になっちゃいますよね~。次のSHOCKが辰巳越岡なら福岡も梅田も行きたいから。

夏ツアーが終わったら色々と決めるので、それまでに誰か現れたら面白いなぁ。Jじゃなくても。

5周年記念イベント

A.B.C-Zデビュー5周年おめでとう!!

ということで高田馬場までポスターお渡し会に行って来ました。

すごい並んだけど行ってよかった。
サヨナラする準備が少しだけできた。

こういう接触イベントは運だし、自分の積極性も大切だ。ただ運の場合、この受け止められなさはひどい。我ながら。

前の人には、その人は何も言っていないのにニコォッて特別なことを言ってて、私には完全に疲れた顔で振り返っていた。何だろう。悪くない。誰も悪くないのに。だっれも悪くないのに、心がずーんってなった。握手もしてないのに。

本当に誰も責められないのが逆につらい。みんな頑張ってて誰も悪くない。ただ差を目の前にすると愕然として少しだけ悲しくなるんだ。

無償の愛を与えなくてはいけないということも分かってる。ただの気持ち悪いファンだからさ、あの疲れた苦笑いを向けられても耐えなきゃいけないんだよね。うん、そうだ、耐えなきゃって考えてたら、たかが趣味なのにって本当に辛くなってきた。

あー他のメンバーになにされても大丈夫なのに、こんなに悲しくなるのは何でなんだろう。私はただのヲタク。遠くで見てるのが一番向いてるんだ。

というか他のメンバーは逆にすごく優しかったんだ。それも辛い。橋本くんにどれだけ助けられたか。ありがとう。

だから今年の夏が終わったら一番をやめる。イベントに行ってA.B.C-Zにはこんなに沢山のファンがいるんだって改めて知ることもできたし。純粋にキラキラしたファンがこんなにいるんだもの。

少しだけさようならの準備をするよ。
大好きな君から離れるんだから。
もう少し時間をください。

A.B.C-Z、デビュー5周年おめでとう!
そして本当にお疲れさまでした。

J楽曲大賞

投票してきました!毎年開催ありがたいですねぇ。


1位  クルトン

2位  ざえび

3位  ずっとLOVE

4位  ER

5位  すきすぎて


3位と4位はどちらが上か忘れた…。

今年はあんまりコレ!てツボにはまった楽曲がなくて。


未発表楽曲

One by One

現場

∞祭

コンビ

丸山隆平 安田章大

担当

安田章大


やっぱりエイトすきなんだね…

と実感しました。